●古湯城山公園

延元元年(1336年)、多々良浜(福岡市)の戦いで
勇戦した阿蘇惟直の弟、九郎惟成の待士原隼人が
築城したと伝えられる古湯城は、現在、自然石の碑、
礎石が散在する。この地を公園化、整備し、
古湯温泉の観光名所になっている。
●背振北山県立自然公園(北山湖)

佐賀平野の農業潅漑用水確保のため農林省の
手により完成されたもので、昭和25年12月から
同32年3月に亘る歳月を費やし、総工費18億円、
延人員84万人が就労し完成した。農業水利、
電源開発、洪水調節による災害防止の外、
湖面では、ボート遊び、釣り等、四季を通じても
楽しめ、九州における大観光地として脚光を
浴びている。この九州屈指の人造湖は、附近に
国民宿舎、公園、遊園地なども整備され、
日帰りの釣り、ハイキング、キャンプ等に
最適である。

●下合瀬の大桂


国の天然記念物として昭和37年5月16日に指定された。
樹齢約1000年、樹高34m、根廻り20m、
根張りの周囲37mあり、基幹から無数のひこばえが
群生している。全国6本の指定のうちで
大きさは2番目である。
金福寺(大野)

この寺は、佐賀が生んだ明治の偉人江藤新平
ちっ居の地である。明治6年当時、
政府の最重要人物であった江藤は、明治6年10月
征韓論に破れ明治7年「佐賀の役」が起こり
国事犯として処刑された。仕官前の頃と
いわれるが江藤は北山大野の金福寺にあって
近隣の子供らに寺子屋を開き教えていたところと
いわれている。尚、大野家には彼の書いたものや
彼にまつわる話も残っている。
●高野岳の霊場(関屋)

弘法大使は宗旨を広めるため、弘仁12年秋(821年)
全国行脚の旅に出て、その折りこの地に
足をとどめられたところで、
西国一の霊場といわれる。また近くの
玉泉坊白山神社には弘法大使の石像もある。
●神代勝利公の墓(東畑瀬)

神代氏は永正8年(1511年)今の佐賀市金立町に
生まれ、後、山内を領有し、近隣にその勢力を
ふるった。(山内とわ、神崎、佐賀、小城郡の
北部山地をいう)永禄8年(1565年)病に伏し死去。
この神代氏の墓は東北面を石垣で築き、
その上に1間の台座をつくり高さ5尺ばかりの
みかげ石の玉石垣をめぐらし、
五重の塔がたてられて16基の侍臣の
五輪塔が配されている。
また、同所の寺宗源院には位牌も安置されている。
●淀姫神社(上無津呂)

創設は詳かでないが文久3年(1863年)1350年祭の記録
がある。永禄4年(1561年)神代勝利父子は戦いに
破れてこの地に逃げ込んだ。村民は大祭といつわり
追っ手から助けた。この時の兵火により社殿を除く
古文書、建物は焼失した。勝利は即座その佩刀を
奉納し、なお田7町5反を納め、鎮護の神とした。
御神灯として勝利の太刀"国次"吉村某による"
一文字出羽守行広"がある。
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